大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和56年(ネ)1970号 判決 1983年1月18日

控訴人 工藤正一

右訴訟代理人弁護士 人見孔哉

被控訴人 宮沢キヨ

右訴訟代理人弁護士 石川博光

同 広瀬正晴

主文

一、原判決を取消す。

二、水戸地方裁判所が、同庁昭和五五年(手ワ)第四〇号約束手形金請求事件につき、昭和五五年八月七日言渡した手形判決を取消す。

三、被控訴人の請求を棄却する。

四、訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一、当事者の求める判決

一、控訴人

主文同旨

二、被控訴人

1. 本件控訴を棄却する。

2. 控訴費用は、控訴人の負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求の原因

1. 被控訴人は、控訴人の振出しにかかる次のとおりの記載のある約束手形一通(以下「本件手形」という。)を所持している。

(一)  金額 三三〇万円

(二)  満期 昭和五三年一二月一〇日

(三)  支払地 茨城県常北町

(四)  支払場所 株式会社常陽銀行石塚支店

(五)  振出地 茨城県東茨城郡桂村粟六七三-一

(六)  振出日 昭和五三年一〇月一〇日

(七)  振出人 工藤正一

(八)  受取人 鹿糠今日子

(九)  裏書人 鹿糠今日子

(一〇)  被裏書人 宮沢キヨ

2. 被控訴人は、本件手形を呈示期間内に支払場所に呈示したが、支払を拒絶された。

3. よって、被控訴人は、控訴人に対し、本件手形金三三〇万円及びこれに対する昭和五三年一二月一一日から完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求の原因に対する認否

1. 請求原因1の事実中、控訴人が本件手形を振出したことは認める(ただし、受取人欄は白地であった。)。その余の事実は知らない。

2. 同2の事実は知らない。

三、抗弁

1. 控訴人は、本件手形を訴外星新市に割引いてもらうため受取人白地で振出し、もし同人が割引に応じないときは直ちに返還を受ける約束で、訴外高橋昭二にこれを預けたところ、高橋は、星から割引を受けることができなかったにもかかわらず、これを控訴人に返還せず、受取人欄に鹿糠今日子と記載してこれを補充し、鹿糠今日子名義で被控訴人に裏書をしたものであって、控訴人と高橋又は鹿糠との間には本件手形の振出に関し何らの原因関係もなく、本件手形は右のような事情で高橋に預けられたものであるから、控訴人は高橋又は鹿糠に対し、本件手形の支払を拒むことができる。

2. 被控訴人は、右1の事情を知って本件手形の裏書を受けたのであるから、控訴人を害することを知って本件手形を取得した者であり、従って、手形法七七条一項一号、一七条ただし書の規定により控訴人は、被控訴人に対し、右高橋又は鹿糠に対する抗弁をもって対抗することができる。

四、抗弁に対する認否

抗弁事実は、否認する。

第三、証拠<省略>

理由

一、控訴人が本件手形(ただし、受取人欄の記載を除く。)を振出したことは、当事者間に争いがない。原審証人高橋昭二の証言によれば、本件手形振出の際、受取人欄に鹿糠今日子の記載がされていたものと認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。また、本件手形に鹿糠今日子から被控訴人に対する裏書の記載があることは、本件手形(甲第一号証)の記載自体により明らかであり、また、本件手形を被控訴人が所持していることは、原審における被控訴人本人尋問の結果によってこれを認めることができる。

二、請求原因2の事実は、成立について当事者間に争いのない甲第一号証の付箋部分によって、これを認めることができる。

三、そこで、抗弁について判断する。

1. <証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一)  控訴人は、訴外高橋昭二(以下「高橋」という。)に対し他所から手形割引の方法によって三〇〇万円の金員を調達することを依頼していたが、昭和五三年一〇月一〇日ころ、旅館業を営む被控訴人方において被控訴人、高橋、鹿糠今日子(以下「鹿糠」という。)が集った席上で、高橋に本件手形の表面の記載をさせ、みずから控訴人名下に印章を押捺して手形を完成したうえ、これを高橋に預け、鹿糠とともに湯野上部落の財産区長の訴外星新市(以下「星」という。)のもとに持参して割引いてもらうよう要請し、同所に赴かせた。

(二)  高橋は、鹿糠とともに星方に赴き本件手形の割引を依頼したが、同人から断られたので、被控訴人方で待機していた控訴人にその旨電話で連絡した。控訴人は、当時至急二〇〇万円を調達する必要があったので、右電話を共に聞いていた被控訴人に右の事情を話し、借用証を差入れて被控訴人から二〇〇万円を借り受けた。

(三)  高橋は、更に鹿糠とともに本件手形を岩手県の知人のもとに持参して割引を受けようとしたが、割引を受けることができず、そのまま手許に置いていたが、控訴人もその返還を求めることなく高橋に預けたままにしていた。

(四)  その後一か月経過したころ、高橋は、自己のため鹿糠の保証のもとに被控訴人から二二〇万円を借受け、その際鹿糠に本件手形を預けたが、その後鹿糠は、右高橋の被控訴人に対する債務の担保として、被控訴人に対し、本件手形を裏書した。

右認定に反する控訴人尋問の結果(第一、二回)及び被控訴人本人尋問の結果は措信することができない。

2. 右認定の事実によると、本件手形は、控訴人自身が手形の割引により、金融を受ける目的で、振出されたものであり、これを預った高橋又は受取人とされた鹿糠に対して金融を得させる目的で振出されたものではなく、高橋又は鹿糠は、控訴人のために星又はその他の第三者から手形の割引を受けてその金員を受領することを依頼された者にすぎないのであるから、控訴人と高橋又は鹿糠との間には、本件手形の振出についての実質的な原因関係はなく、高橋又は鹿糠は、控訴人のために本件手形の割引を受けられないときは本件手形を控訴人に返還すべき義務があったのであり(ただし、星から割引を受けられなかったときは、直ちに控訴人に返還すべき約束のあったことまでは、認めることができない。)、控訴人としては、高橋又は鹿糠に対しては、当然本件手形金の支払を拒むことができたものである。ところで、前記認定の事実によると、被控訴人は、本件手形振出の際これに立会い、また、被控訴人方で待機していた控訴人に高橋から星の割引が受けられない旨の電話があったのを共に聞き、その結果、控訴人の要請により同人に金員を貸与しているのであり、このことからみると、本件手形が控訴人自身の金融を得る目的で振出され、高橋又は鹿糠は控訴人のため第三者から割引を受け金員を受領することを依頼された者にすぎず、控訴人と高橋又は鹿糠との間には本件手形を振出す何らの原因関係がなく、控訴人としては高橋又は鹿糠に対し本件手形金の支払を拒むことができるのを熟知していたものと認めるのが相当であり、したがって、鹿糠から高橋個人の被控訴人に対する債務の担保として本件手形の裏書を受ける際にも、右の事情、すなわち控訴人を害することを知っていたものと認められるから、手形法七七条一項一号、一七条ただし書の規定により、控訴人は、被控訴人に対し、控訴人の高橋又は鹿糠に対して有する右抗弁を対抗することができるものというべきである。

三、そうすると、被控訴人の本訴請求は理由がないから、これを棄却すべきものである。

よって、これと異なる原判決は失当であり、本件控訴は理由があるから、原判決及び手形判決を取消し、被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九六条、第八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 香川保一 裁判官 越山安久 吉崎直彌)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例